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【あしゅら】♀モンク萌えスレ Restoration【はおーけん】

[142:114(2004/03/27(土) 14:11 ID:vicjUmBQ)]
 益荒男の比翼を担う。女々しいと言われても良い、唯それだけを願っていた。
 その為には、手弱女ではいられなかった。力に惹かれたからには、見合う力を
得ねばなるまい。なのに。

「げほッ、……うあ……」
 夕暮れ時、プロンテラ西の人気なき森の奥、乾いた幹に手を突き、修行僧の女は
呻きを挙げていた。足元の吐寫を見下ろす両の瞳には、薄らな涙すら滲んでいた。
「足りない……これじゃあ足りないのに……!」
 一人うわ言の如く呟く女と男の格は、互いに修行僧になりて暫しの間に、相当の差を
つけていた。女に武術の天分がないわけではない、その身のこなしは見事なものだ。
では、何故か。解っている。
 己の拳が他に与えるであろう苦悶、そして絶命を背負うには、女は些か感じ易過ぎた。
まして死が自身の拳を通じて直に伝わり来るのだから、得物を扱う他職よりも荷は重い。
同じく修行僧である男と組み手を行なう際ですら、彼の苦を思うと、男に拳を打ち込むことが
出来ないのだ。あるとき、うっかり手元が狂い男の懐を打撃にて見舞った際には、あまりの
申し訳なさにヒールの合間に只管詫びを述べ続け、額に脂汗流す男から逆に宥められた程だ。
 元来、女は争いを嫌った。魔物が蔓延るこの世にて、誰かが戦わねばなるまいと
理にて解してはいても、情がそれを拒む。
 なれば聖職者となればよい、だが、不運なことに、あくまで男と並び立つことを望んだ
女の眼には、それは逃げとしか映らなかったのだ。
 相背く心に責め立てられ、焦燥に駆られた女は毎夜一人鍛練に励んでいた。だが、
戦えども戦えども差は埋まらず、肉を打ち砕く度に込み上げる吐気にもついぞ慣れることは
なかった。
「ううッ……」
 漸く顔を上げた女は、近くを流れる川縁へと身を引き擦っていった。穏やかなる清き水にて
汚れた口を漱ぐと、女は息をついた。戦などなければ、どれ程救われることだろう。
魔物に脅えることなく、フェイヨンの片田舎にて二人で平穏な暮らしを送ること叶えば。
 されど、何れにせよ、男を斯様な安楽なる生に縛り付けておくことなど出来まい。
 己は、戒に絡め取られているというのに。
 とは言え、何時までも感傷に浸っているわけにはいかなかった。赤く腫らした眼を擦り、
女は立ち上がった。けれど鉛と化した足は、男が待つプロンテラの西門を潜り抜けて後も
足枷で在り続けた。
「あの」
 肩を叩かれる迄、気づかなんだ。雑踏の中振り向けば、甲冑に身を固めた男の騎士が
柔面を憂に染めて女を見詰めていた。
 何事かと驚く女に、騎士は遠慮がちに尋ねた。
「御免、差し出がましいかとも思ったんだけど、あんまり辛そうで……大丈夫?」
「……ええ」
「俺なんかでよければ、話くらいは聞くよ」
 頷きに掛かる誘いに、他の者なら下心を疑ったやも知れぬ、だが、女は疑心を嫌うどころか、
その存在すら思ったことはなかった。
 それに、秘する想いを告げたかった。神、或いは男に縋れるものなら縋りたかった、
然し、斯様に華奢な双脚を以ってでも己を支えねば、永遠に男の傍らには立てないと
女は思っていた。
 一時でも良い、己を戒める全てから、放たれたかった。
「いいの?」
「うん、何か放っておけなくてね」
「有り難う……!」
 何処か照れたように優しく笑いかける騎士に、女の稚気残す相貌に浮かぶ霧がやや晴れた。
「ここじゃ話し辛いか、何だったら酒場にでも行こう。奢るよ」
 酒は己を殺す故好かなんだ、けれど人溢れるこの通りにて話を続けるわけにもいかぬのも
道理だった。
「簡単だよ」
 酔いの助力を請うてぽつりぽつりと語り始めた女に、微笑んだ騎士は背嚢の奥深くに
しまわれていた、一冊の古びた書物を薦めた。金箔の題字が踊る汚れた表紙を開き、
厚い書物を一枚一枚繰り続けていた女の顔が、変わった。

 夜半、女が宿に戻る迄、修行僧の男は夕餉も取らず、部屋で苛々を募らせるばかりだった。
女が一人密かに鍛錬に励んでいるのは知っている、だが、今日ばかりは幾ら何でも遅すぎた。
強くなりたい、故は知らねどそう望むけれど叶わぬ女に、今宵こそは一言物申そうと、
椅子の上で腕を組み口を曲げ、男は女の帰りを待っていたのだ。
 心掛けは良い、ただ、技に限らず己としての天分を見極めるべきだ。第一、そんなことをせずとも、
 男がそこまで思いを巡らせたときだった。木の床に軋みが走るや否や、顔色を変え椅子を蹴り立ち
廊下へと出た男は、女の姿を認めた。書を持ち俯く女に対し、男は不機嫌と憂慮を音に変えた。
「おい!」
「御免なさい、……疲れてるの……」
 そう呟くなり、女は俯いたまま男の横を通り抜け、戸を閉めてしまった。廊下に取り残された男は
何時にない女の態度に立腹したものの、逆に常の笑み一つ零さぬ女の様が気に掛かる。が、
無理強いも叶わぬ。
「ったく……!」
 一声吐き捨てると、男は短く刈った頭を掻きながら自室へと戻った。この侭寝てしまおうかとも
考えたが、心が昂ぶり眠れるわけはなし、なおかつ昼から何一つ口にしていないことを思い出し、
せめてとばかりに荷から酒瓶を取り出し、盃にも注がずに瓶ごと煽った。程好い苦味が旨かった。
 と、男の耳に奇妙な声が届いた。ぼそぼそと途切れ途切れに聞こえるそれの意味を取ることは
出来ぬが、どうやら女の声であるらしかった。耳を研ぎ澄ます、すると声は女の部屋から洩れてくる。
嫌な予感がした、咄嗟に木栓を締めた酒瓶を手にしたまま、男は隣室へと駆け込んだ。そこで男が
眼にしたのは、床に古びた書物を広げ、文字を虚ろな目で追いながら掌を書物の上へと掲げた
女の姿であった。
「我が魂を虚空に遊ばせるべし、我が骸を戦場に遊ばせるべし」
 男の突入など意にも介さず、何事かを呟いていた女は、手にした短刀で人差し指の先を突いた。
「何してるんだッ」
 答えぬ、女の指先に血玉が生じた。その指先を書物に描かれた得体の知れない魔方陣の中央へと
持て行く、正に赤が魔方陣に触れんとした瞬間、
「貸せッ!」
 血相を変えて男は書物を取り上げた。頁に赤の染みが微かに走った。その表紙には、
『肉絡繰指南書』という文字が金箔にてしかと記されていた。
「御前……BOTだな?BOTに堕ちようとしたんだな!?」
「…………」
 声を震わせ問い詰める男にも、女は夢と現を彷徨うが如き虚ろな眼差しを向けるのみだった。
光を失ったその瞳こそ、世では倫理を欠くが故に忌み嫌われるBOTと呼ばれる肉人形に堕した
証だった。
「馬鹿野郎ッ!何故、こんな真似をした!?」
「うふふ」
 書物を床に叩き付け、激情と惑乱をぶつける男の様を眺め遣っていた女は、笑いを零した。
魂が遊離した肉人形ならば、事前に定めた以外の言葉を発することはない。然し、
「がッ!」
 男の鳩尾を、衝撃が走った。瞬間なれど呼吸が止まり、手にした酒瓶を取り落とす。
「下らない諸々に戒められていた時分には分からなかったわ」
 床を転がる酒瓶と急所を抑え面を蒼白に染める男を他所に、女は淡たる口調にて更なる言葉を
発した。定められた言では有り得なかった。
「拳を振るうのって、こんなに楽しかったのね」
 右の鉄拳を握り締め陶然と呟く女が洩らした笑みは酷く白々しく、百戦に磨がれた筈の男にすら、
薄ら寒さをもたらした。 かつて己の前で今にも泣き出さんばかりに詫び続ける女と、今、目の前で
微笑を浮かべる女の像は、男の中では寸分も重ならなかった。
「私ね、もっと強くなろうと思うの。貴方よりもね。聞いてる?くくくッ御免なさい御免なさい」
 咽の奥で洩らした笑いを打ち消すかのように、女の口が動き異なる言を紡ぎ始めた。
 己が発した筈の言の意図を探るかの如き訝しげな色を瞬時浮かべた女は、やがて合点がいったと
ばかりに口の端を吊り上げた。
「途中で邪魔が入ったものだから、鬱陶しいのが残ってしまったのね。その意識がある御陰で、
こうして貴方とも話せるようだけれど」
「……正気に、返れ……ッ!」
「厭よ。これ以上戒に縛られるのは、真っ平」
 歌うように告げる女を見上げ、呪は愚か、言を紡ぐことすら侭ならぬ男は最後の意を吐いた。
「御前を止める、きっとだ……!」
 女は笑った。その眼の先には、真新しい学生帽を被った修行僧の男が、真摯な怒りを以って
己を見据えていた。
 然し、届かぬ。
「さよなら」
 涼やかな、寧ろ情なき声を残して女は去ろうとした、その爪先が転がった瓶を小突いた。
 女は、薬水満ちた酒瓶を取り上げた。そして木栓を外すとあれ程好まなかった筈の芳醇なる液を
一口含み、言った。
「貴方が私の主」
 自ら絡繰と化すことで戒を破した女の右の眼から、一筋の滴が零れた。
「どうぞ、私を殺して下さい……くくッ」


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