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【アラームたん】時計塔物語 in萌え板【12歳】
- 130 名前:名無しさん(*´Д`)ハァハァ 投稿日:2005/09/29(木) 10:10:03 ID:FcA1itgA
- 首都プロンテラのお膝元、港町イズルード。この街からしかいけないイズルードダンジョンは中級者が鍛錬するにはうってつけの場所である。そうガイドブックに書いてあった。なるほど、なり立てらしき2次職がカプラに群がっている。大体こういうガイドブックにはその地域のマイナス要素なんてのは載せない。当たり前といえば当たり前だし有名でもあるから言わなくてもいいことなのだが、イズルードダンジョンは『機械』の巣窟でもあった。それに実際カリカリきてる人間も少なくない。でも、ガイドブックに書いてあることは間違ってはいないからこの少女のような冒険者は後を絶つことはない。
赤いコートに扇情的な網タイツ。栗色の髪の毛をノービスカット(美容院のお姉さんはそう言って、よく似合うと褒めてくれた)にした少女にはその格好は少しアンバランスで、他人が見るとどうもその童顔では一部のロリータフェチの人間を興奮させてしまうだけにしか思えないのだが、少女はこれが大人の悪党の格好だと信じきっているようだった。
何故少女が「大人の悪党」なんかを意識しているのかという明確な理由はない。しいて言えば「それがカッコイイ」と思ったからにすぎないだろう。そばにあったベンチに座り、そこそこ愛用して柄が少し黒ずんだダマスカスを手の中でくるくる回しながら少女はまたガイドブックに視線を落とした。その仕草は子猫が丸い石ころで遊んでいる姿を彷彿とさせたが、それを指摘すれば彼女は機嫌を傾けてしまうに違いない。
ガイドブックには海の幸の素晴らしさとリーズナブルさが前面に押し出されていて、少女の知りたかった冒険者用の安くてツケのきく宿泊情報などが少しばかり欠けていた。本来ならここでギルドの人間を頼ったり、カプラからの支給品で友達にWISコールなりをすればいいのだろうが、少女にはそういう人物に心当たりはなかった。唯一の家族である兄は行方不明だし、大体その兄を探すために旅をしているのだ。ならば、少しばかり財布に相談して旅行者用の宿に泊まってしまえばいいとも考えたが…
「どうしよう、駄菓子も買えない。」
そう声に出しても何も変わらないのだが、そう声に出したいほど彼女の懐は寒かった。ガイドブックだって拾ったものである。裏表紙に定価1500zと表記されている、このガイドブックを読み捨てられるほど余裕のある人間が自分と同じ空間にいると思うと泣きたくなった。
「こんなことなら転職のときあんなにお金使うんじゃなかった…。」
今更嘆いても詮無いことなのだが、コモドの少し背伸びしたホテルでこれからの2次職生活に胸をときめかせていた自分が憎くなってくる。今の自分は鏡を見ないほうがいいな、と少女は思った。
- 131 名前:名無しさん(*´Д`)ハァハァ 投稿日:2005/09/29(木) 10:10:38 ID:FcA1itgA
- 少女がひもじさに打ちひしがれ、空腹をもてあましているとどこからかギターの音色が響いてきた。それは鼓膜と同時にすきっ腹にも響くために彼女の機嫌はすっかり傾いてしまった。顔を上げると小さな人だかりができており、その中心に逆恨みではあるが、不機嫌の原因があった。
まず印象に残るのは仮面だろう。白くいかついそれは何かのモンスターをかたどったものだと露店の売り文句にあった。頭を覆うバンダナにやたらと細身のシルエット。雰囲気の割りに若い声。そして違和感。だが、少女の目を引いたのはそのどれでもなく、おひねりとしてギターケースの中に放り込まれたzeny紙幣だった。
「(いいなあ、あれだけあったらしばらく食いつなげる…。)」
気づくのが遅かったかもしれない、そういえば彼女はローグなのだ。成り立てとはいえ。ということは、得意とするのは窃盗だとか恐喝だとかいう物騒な手段だろう。力なさそうな詩人をひねるだけの仕事効率のよさは今の彼女にとってはまさにうってつけの方法に思えた。
盗ろう。少女は奥歯を強く噛み締めて決心した。だってそうしなければ自分はこのまま飢えて死んでしまうかもしれないし、大体悪党になったのだからそれくらいできなくてどうする。よくよく考えればもっとマシなやり方がいくらでもあったのかもしれない。だがまあ、人が堕落する順路としては順当。後は詩人が歌い終わり、一人になるのを待つ。そうすれば少女には荒んだ悪党としての未来と今夜の暖かく幸せな寝床が待っているのだから。
少女は待った。その間詩人が歌っている詩を聴いていた。お金は必ず払うわけじゃなさそうだったからだ。題目は御伽噺だった。その楽園があれば自分もこんなこと考えなくてすむのかとぼんやり思ったが、現実逃避よりも今の飢えを収めなければならない。
やがて詩人の詩は終わり、人々は自分たちのあるべき場所へと帰り始める。辺りは夕闇に包まれ、人影も少なくなってきた。少女としては仕事をやるためのお膳立てが勝手に整っていく気がして、逆に不安になってしまうというのが正直なところだった。彼女の、やはり子猫を思わせる瞳がくるくると周囲を見回す。自分も素敵なホテルに帰りたかったがそんなものは用意されていないので、街灯の下にぽつんと立っている詩人にこっそりと歩み寄る他なかった。
ハイディングの技術があるので、気づかれはしない。はずだった。後ろまで回りこみ、飛び掛ろうとかまえたところで彼はゆっくりと彼女のほうに振り向いた。仮面の奥で光が強く揺らめいている。
「何か、用かい?」
「…いえ。」
まさか初っ端から躓くとは思っていなかった少女はどうにも返答できずに固まった。詩人は微動だにせずに少女に質問を続ける。
「じゃあ、強盗? 刃物がちらついてる。」
「…そんなとこ。」
「そうか、悪いが他を当たってくれないか。」
ここではいそうですかと退けるわけもない。考えていた悪党らしいセリフを思い出しながらすごむ。
「こっちこそ悪いけど、持ってるお金全部出して欲しいのよ。お腹空いちゃってね。」
「そうか、ピザくらいならおごるけど。」
- 132 名前:名無しさん(*´Д`)ハァハァ 投稿日:2005/09/29(木) 10:11:12 ID:FcA1itgA
- 何故こんなことになったのだろう。わからないが今、少女の口内はピザに占領されている。存分に味わったそれを嚥下し、すぐさま次の一切れをとっては口に運ぶ。炭火にとろかされたチーズにふんわり包まれたピザソースと、ジリジリ音を立てるサラミにまぶされたバジルの香りがこんなにも熱く、食欲を刺激するのは彼女には初めての経験だった。
隣で半ばあきれたように(表情はわからないがきっとそうだ)それを眺めている詩人におごってもらったものだ。
「よく食べるな、見ていて満腹になってきた。」
「ここんとこ、リンゴくらいしか、食ってなかった、のよね。」
「食べてから話すといい。」
少女は1枚まるまる食べ終えてからこいつを襲うことにしてよかった、と心から思った。そして礼を言うのを忘れていることを水を飲みながら思い出した。
「ありがと、助かったよ。」
「礼なんていらない。どうせ俺には使う当てのない金だから。」
「それでも礼は言わないと。兄貴に昔からうるさく言われててね。言わないと落ち着かない。」
「いいことだな。」
詩人の仮面からは表情が読めないが、目の奥にある光が揺れたりするのでなんとなく感情はわかる。
「それにしても、何であたしみたいのにピザなんかおごってくれたんだい? 強盗に一目ぼれ?」
「俺にロリータフェチはない。…妹…に似ていたんだ。」
「妹さんねえ。あたしそこまで幼いわけじゃあないんだけど。」
「まだ15、6ってとこだろう。十分に子供じゃあないか。」
「正確には17歳と3ヶ月よ。」
「変わらないさ。細かく年齢を気にするのは意識が若いってことだ。」
「アンタそういうとこあたしの兄貴にそっくりだよ。」
一通り話してから、詩人はなんと少女に宿泊施設情報と宿代までくれた。この骸骨のような詩人が悪運の神様か何かに見えてくる。少女が最初に感じた違和感などはすっかり過去のものだった。
彼女は絶対に宿代とこの借りは必ず返す、と悪党らしいセリフを言いながら走り去っていった。後姿に完全返済までは付き合おう、と約束した。ホテルの部屋はまだあるだろう。詩人はふと時計塔の方角を見た。アラームは、あいつらは、俺の家族たちは元気だろうかと。
「(楽園を創る…そのためにはきっとあいつらだけじゃだめだ。だから力を借りないと。誰かの、力を。)」
詩人の旅の中でこの物語に共感を示す者は少なからず、いた。だが足りない。一度諦めた物をもう一度最初から作り直すには不充分すぎると彼にはわかっていた。
「(アラームに嘘をついてまで出てきたというのに、これか。)」
アラームもいつか詩人の言葉が嘘だったと悟るときを迎えるだろう、彼はそれを何よりも怖がっていた。恐れていた、などと言うと何か違う。怖がっていたのだ。母親に嫌われたくない子供のように、ただ震えているだけの犬のように、彼はアラームに否定されることを忌避していた。
だからこそ彼の心はその長い旅の途中決して折れる事がなかったと言える。アラームがまだ自分を信じてくれているのだと、信じ込むことによって彼の心は守られていたのだから。
彼は、強くて弱い愚者だった。ただここでわかってほしいのは彼が決して気取っているのではなく、彼自身気づかないうちにそうなっていたということくらいだ。
- 133 名前:名無しさん(*´Д`)ハァハァ 投稿日:2005/09/29(木) 10:11:50 ID:FcA1itgA
- イズルードに滞在している間、少女はイズルードダンジョンに通い詩人に宿代を返し続けた。しかし、少女の宿代・移動費はかさむわ、ひよっこローグでは大して稼げないわとほんの少しずつしか返していくことはできない。でも、それでよかった。友人のいない少女はこの奇妙な詩人と話す時間が嫌いじゃなかったし、詩人もどこか懐かしく居心地のいい時間を楽しんでいた。彼女には詩人が話す昔話の妹が、少しうらやましかった。
さて借りは少しずつ返されていくが、返し終わることは詩人との別離を意味する。少女には詩人の詩や話がもはやこの上なく大切なものになっていた。いっそ旅について行こうか。街を渡り歩くだけだろうし、きっと足手まといにはならないはずだとまで彼女は考えはじめていたくらいだ。
2週間ほど経ち、そろそろ全額返済となるはずだった。詩人はいつもの場所でいつもどおり詩を歌っていた。本当にいつもどおりだったから気づかなかった彼に責任はない。誰も予想なんてしなかったし、できなかった。だからこれは仕方ないこのなのだ。
イズルードダンジョンで大規模な枝テロが発生し、進入禁止の警告が出された。もちろん、それまで中にいた冒険者の安否はわからない。ただ、あのモンスターの数で生きていられる人間がいると想像するのは難しいだろう。それを彼が知ったのは発生してから1時間ほど経ってからだった。
ここから先のことはあまり語るべきでもないかもしれない。彼の性格を知っている人間ならば皆容易に想像がつくからだ。彼は召喚されたパニックで荒ぶり、津波のように押し寄せるモンスターたちの頭上を飛び越えイズルードダンジョンを駆け巡った。彼が少女を発見したとき少女は奇跡的に生きていた。健康的に細かった腕が千切れかけ、不似合いに赤かったコートは黒く汚れていたが、少女は紛れもなく息をしていた。
詩人が彼女に駆け寄ると、彼女は昼寝をしていた猫がこちらを確認するように少しだけ目を開けた。摩擦の少ない、震える手で少女にポーションをかける。これがピクニック程度の狩りであったなら、なんだか白いと卑猥だと言って笑っただろう。
「ああ、アンタ、やっぱり、きてたのかい。」
「喋るんじゃあない。今喋ったら痛いぞ。」
「次でたぶん、借金は全部、返せるだろ? もうチョイ、待って。…だけどさあ。まだ、なんだよ。」
うつろな表情のまま囁く。傷は治ってきているのに、まるで肺病病みのように咳をする。
「借りがさ、まだなんだあ。」
「喋るんじゃあないって言ってるだろう。」
「だから、手伝おうと思ってさ。か、荷物もちくらいなら、できるだろお。」
「後で聞くさ、だから。」
傷がある程度塞がり、負ぶっても腕が千切れてしまわなくなったので詩人は少女を背負ってダンジョンを出た。入り口周辺のモンスターはほとんど鎮圧されていたから外に出るのには困らなかった。なんとか救急施設(といっても数人のプリーストがいる診療所だ)に駆け込んで当直していた巻き毛のプリーストに必死で頼み込み、なんとか緊急治療にこぎつけた。治療中も少女はうわごとをやめなかったし、やめさせる術もしらなかったから詩人はその言葉をずっと聴いていることにした。彼は少女が目を覚ませばきっとその内容に赤面するだろうことはもう容易に想像できるようになっている。そうだ、コイツを時計塔に連れて行こう。きっと俺の家族はお前を受け入れてくれる。だから、目を覚ましてくれないか。そう言って祈りを捧げる。
彼は謝っていた。彼が悪いわけじゃあないというのは誰だってわかる。しかし、彼は謝っていた。流れることのない涙を心の中で流して、許しを乞うていた。こんな想像は陳腐だと思われるかも知れないが、彼は少女とアラームを重ねていたのだろう。彼女を救えなかったら。彼女を救えなかったら彼は彼女に恨まれてしまう、憎まれてしまう、拒絶されてしまう。
これを自分勝手な感情と言うだろうか。少なくとも彼は彼女の身を案じていたわけだし、彼女にとっては彼が救い主にあたるのだから、そこに自分勝手だとかなんだとか言う余地は存在しない。ただ純然たる事実が存在するのみだ。彼は彼女を助けたかった、生きていてほしかった。それだけなのだ。
だが、彼は自分を利己的で弱い存在だと思っていた。彼は愚者だった。
- 134 名前:名無しさん(*´Д`)ハァハァ 投稿日:2005/09/29(木) 10:12:30 ID:FcA1itgA
- 翌日少女は息を吹き返した。やはりあの高価なポーションは初期治療としては最適だったようで、一週間ほど入院すれば完治するだろう、大した体力だと担当した巻き毛のプリーストは口に手を当てて笑った。目覚めた少女に会いに行くと体中包帯だらけでマミーを思わせる風貌になっていたが、昼食だったと思われるどんぶりのようなスープ皿は綺麗に空っぽだった。ゆっくりベッドに近づくと、彼女は素早くこちらを振り向いた。
「ネコがまわりを警戒してるみたいだ。」
「ネコに喩えられるのはあんまし好きじゃない。」
少女は冗談っぽく眉間にしわを寄せて笑った。その仕草は彼女のためにあるようだった。少女は指先でスプーンをくるくる回していた。二つの視線は、自然とスプーンの銀色に吸い寄せられていた。
「よく似ていると思うけど。」
「うん、だから嫌なの。兄貴にもよく言われたし。」
「死にかけたというのに元気だな。」
「いやあ、五体満足に助かるとは思ってなかったけどね。死ぬとも、まあ思ってなかったさ。」
「それは…甘い考えだな。」
「いやね、アンタが助けてくれるんじゃないかってさ。」
「…信じるものを間違っている。」
「そう思うよ、でもなんでだろうねえ、なんだかアンタの妹さんの気持ちがわかったんだ。」
「…。」
「あたしと同じさ。きっと、約束信じてるよ。」
「(約束、信じてるよ。)」
少女が詩人を見上げると、詩人もじっと少女を見ていた。
彼女の目には何故か、彼が親に抱きしめられた子供のように見えた。しかられると思ったけど許されて、泣き止んだ子供に。彼は少し呆然としてから、少し笑った。
「そうか。」
「また少し返済遅れちまうけどさ、許しておくれよ。」
「ああ、構わない。」
「借りもさ、返すからさ。」
「…もう返してもらったさ。」
「?」
「首をかしげると余計ネコに見えるぞ。」
やがて巻き毛のプリーストがやたら明るい声音で面会時間の終了を告げた。詩人はじゃあな、とだけ言って後ろを向いた。少女にはその背中が今までより少し大きく見えた気がしたのだが、何故かはそこにいる誰もが知らなかった。
また、彼女にはそれが彼なりの別れの挨拶であることはわかっていなかったが、部屋を出る瞬間はぼんやり寂しかった。そういうものなのだ。別れというのは。
次の日から詩人は少女に会いには来なくなった。三日目に巻き毛のプリーストに問いただしてみると、
「あの人なら入院費だとか全部置いていったわよお。『仕事を思い出した。ありがとう、全部とっておけ』ですって、いいお兄さんね。」
「…ええ、そういうとこもそっくりです。」
詩人は一応約束は守ったのだ。彼の行動を少女は勝手なことを、と判断したようだ。だが、旅支度をすませた少女は増えてしまった旅の目的をわずらわしくは思っていなかった。また彼に会いたい。彼の家族の話を聴きたい。彼の家族に会いたい。
そして、助けてくれてありがとうともう一度言わなくてはならない。
旅立つ朝、巻き毛のプリーストに礼を言ってから、冷たい空気を吸って彼女は歩き出した。
「まずは時計塔行くかっ。」
彼女はそれ以来、奇妙な詩人には再会していない。
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