【アラームたん】時計塔物語 in萌え板【12歳】
[46:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2005/03/17(木) 03:55 ID:.ez0LCGw)]
古城にして魔城。廃都にして死都。様々な忌み名を以て知れ渡るグラストヘイム。
その中庭に、黒い騎士が佇んでいました。
人に呼ばわれる名は深淵の騎士。破壊の具象。武技の極み。そう畏怖される彼でしたが、けれどその姿は悲しげでもあ
りました。
「よう、大将」
まるで彫像のように動かないまま、どれほど時が流れていったでしょう。その騎士に、恐れ気もなく声をかけくる者が
居ました。
それは奇妙な仮面を被ったひとりの詩人でした。ギターを小脇に、親しげに手を上げます。
「まったくここは冷えるな。外でこれなら中はさぞかしだろう。石造りってのも考えものじゃないか?」
毒づきながら、詩人は仮面を外しました。その下から現れたのは全くの髑髏。ひとの姿を偽装した、それはアーチャー
スケルトンでした。合わせるように騎士が騎馬から降ります。
「…」
「石造りは時計塔も変わらないだろうって? そりゃそうだ。そもそもこの身に、」
詩人の声に、かすかに寂しそうな色が混じりました。
「寒い暑いの関わりはないな」
そう。彼らはそれぞれの事情によって、時計塔から去る事になった魔物でした。
「…」
「ああ、皆元気でやってるよ。婆さんなんかは元気が過ぎるくらいだがな」
最近塔に顔出ししてきたというアーチャースケルトンの土産話は尽きません。彼はグラストヘイムを離れられない騎士に
皆の消息を伝えるべく、こうして時折やってくるのでした。
「今も変わらず全員夢追いのままだ。まったく、馬鹿者揃いさ」
その言葉には、けれど懐かしむような、誇るような響きが籠もります。
「だが俺は思うよ。馬鹿が馬鹿らしいと理想を諦めたら、一体誰が夢を追うんだ、ってな」
「…」
「言葉ばかりうまくなったって? ま、詩歌いだからな」
詩人は少し照れたように頭を掻きました。この沈黙の騎士と居ると、どうにも饒舌になっていけません。思いもよらない
大言壮語をしてしまう時があるのです。でもそれは気恥ずかしさが先に立つから普段口を出ない、己が秘めている真情だと
も、彼は承知していました。
「最近な、言葉ってのを少しばかり信用してる。言わずとも伝わる。語らずとも解りあえる。そういう仲も確かにあるだろ
う。だがそこまでになるのに、どれだけの時間が入り用だ?」
だから装いと同じく仮面を脱いで、この騎士には伝えておこうと思うのです。それを受け止める相手と判っているから。
「解り合えない奴らが伝え合う。せめて思いやる。言葉ってのは、その為にこそあるんだと思うぜ」
「…」
――この詩人は、人と魔物との境界もまた、それで埋められると信じているのだろうか。
――いや、信じているのだろう。何故ならば彼もまた、誇るべき馬鹿の一翼であるのだから。
騎士は讃えるようにそう思いましたが、挙措としては静かに頷いただけでした。
「なんだよ、何笑ってやがる。…ま、大体想像はつくけどな」
かつんとその甲冑を拳で叩き、髑髏は青空を仰ぎます。彼らの上に在るには、不釣合いなほどに晴れ渡った空。
「言ったろう、言葉を信用し始めたと。街を巡り歩いてると、歌い歩いていると、なんとかなるんじゃねぇかって気もして
くるのさ。それに――」
詩人の視線が騎士の上に戻りました。けれど騎士を見てはいないようでした。
それは共通の、懐かしい誰かを思う目でした。
「――それに、オレたちはあの娘を知っている。あの瞳を、あの笑顔を憶えている。なら十分だろう。楽園の夢を見るには、
それで十分のはずだ」
「…」
騎士はやはり黙して語らず、けれど同意を示すかのように、黒馬が嘶きました。
「は、柄にもない話を語っちまったな。ま、また来るぜ、大将。馬鹿どもの話を持ってな」
仮面を被りなおし、死人は別れを告げて背を向けます。
古城にして魔城。廃都にして死都。様々な忌み名を以て知れ渡るグラストヘイム。
その中庭に佇む騎士は、常と変わらぬように見えます。
けれどその周りを、やわらかな春の風が吹き抜けて行きました。
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