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◆みんなで創る小説Ragnarok ♂萌え2冊目◆

[79:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2007/05/05(土) 23:39:51 ID:dTYu0cZM)]
「飛べ、ヴィル!」
 傷ついた右目を押さえて、プリーストは相方のウィザードに向かって叫んだ。
「もう無理だ。先にお前が行け!」
 慌ててウィルはウィザードの紅の衣のポケットを探った。常にそこに蠅の羽を挟
んでいるようにしている。ポケットから羽を引き抜き、ウィルは相方の方を見た。
「ヒンツ」
 プリーストの名前しか呼べなかった。その先の言葉が出なかった。
 ヒンツの背後には大きな影。
 それはカーリッツバーグ。
「……っ!」
 ヒンツの頭に振り下ろされる、大きな黒い黒い腕。
 直後床に崩れ落ちる体。
 その後のことは、ウィルも良く覚えていない。
――次に意識が戻ったときは、プロンテラの街中だった。
 日光の眩しさに――ついさっきまで薄暗い廃墟の中に居たのだ――ウィルは小さ
く舌打ちした。
「……やられたのか」
 狩りの調子は悪くなかった。相方のプリースト、ヒンツとはもう長い仲であるし、
狩場も何回か通った場所だ。
 強いて言うなら運が悪かった、というところか。
 手袋に付けられた小さなボタンに触れて、ヒンツは呟いた。
『まさか、あんなに溜まってるとはな……』
 同じパーティーに所属するものしか聞こえない回線で話しかける。
 しかし、期待していたヒンツの返事は来ない。
「? 調子が悪いのか?」
 先程よりもきつく、ウィルは舌打ちした。
 人の多い街中などでは、こういう事が起こる。パーティー会話が聞こえなかった
り、ギルドエンブレムを通した会話ができなかったり。
 そういう理由で、ウィルは哀しくも慣れてしまったいつもの不具合として処理す
ることにした。
「ま、明日になれば直るだろう」
 精算はそのときにしてしまえばいい。
 とりあえず自分が持っている収集品の数を確認し、きちんとメモを取る。
 それからウィルは宿屋に戻った。

 そして明日は今までのように、ヒンツと笑いあいながら狩りに行けると思ってい
た。


 ウィルが異変に気付いたのは次の日。
 一晩経ったというのに、未だヒンツと連絡が取れなかった。
 知り合いに聞いてみてたが、皆、ヒンツと話をしていないと答える。
 不審に思って、何度もヒンツに呼びかけてみた。パーティー会話でも、wisでも、
ギルド会話でも。
 それでも、全く返答が来ない。
 四方八方に手を回し、彼がヒンツと再会したのは一週間後であった。

 ここはアルデバランのカプラ本社の一室。
 ただし、一般人がいつも入れる開放された部屋ではない。
「どうしてっ! どうして無理なんだよ」
「待てウィル。落ち着けって」
 カプラ職員に詰め寄ったウィルはギルメンに後ろから羽交い締めにされた。
 それでも諦めきれずに、ウィルはもがきながら目の前の職員を睨み付ける。
「何で無理なんだ。だって、カプラのサービスだったら大丈夫なはずじゃないか」
 冒険者にとってモンスターとの戦いでの死は真の意味での死ではない。戦闘不能
状態になった途端、冒険者の体は予め登録された街に戻され治療を受けることがで
きる。
 だから、死なないはずなのだ。
 ウィルの大切な……濃い金の髪の、少し小生意気なプリースト、ヒンツも。
 だというのに、プリーストの体は硬い寝台の上で冷たくなっていた。
 泣きじゃくるウィルの姿にカプラは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「確かにヒンツ氏の体は完全に復元できました。しかし……頭部の、いえ、脳の損
傷が著しく激しかった上に放置された時間が長すぎたのです。当社の技術でもって
も、脳の完全再生は不可能です」
「そんな……、だって」
 唖然とするウィルにカプラは淡々とした様子で言葉を続けた。否、彼女にとって
もそれは辛い出来事に違いない。しかしウィルには彼女が冷酷な人間にしか見えな
かった。
 カプラは報告書に目を落として読み上げる。
「報告に寄りますと、レイドリックアーチャーの矢が氏の右目を貫通。その後、
カーリッツバーグによって一時期的死亡状態に、とあります。その時脳を大幅に損
傷した模様です」
 訥々と状況説明は続く。しかしカプラの言葉はウィルの頭の中を素通りした。
 もうヒンツは帰ってこない。それだけわかれば十分だった。
「俺が、俺があの時……」
 あの時、的確に敵を倒していたら?
 街に戻った時に、急いで彼の元へ行っていたら?
 いくら悔やんだ所で後の祭り。
 そんなことウィル自身も頭ではわかっている。でも、納得はできない。
 泣き崩れながら彼は呟く。
「お願いだ。あいつを返してくれ。あいつを……」
 そんなウィルの姿に、ギルメンたちはやるせない視線を互いに交わす。
 ウィルにとってヒンツがなくてはならない存在だったことを知っているから、下
手に励ますこともできなかった。

「……本当にどんな形でも良いのですか?」
 ぽつりと、カプラが聞いた。硬質な、微かな声で。
 例え悪魔の囁きであっても、ウィルにとっては天使の救いだった。
「あいつが帰ってくるなら、また会えるなら、俺はどんなことだってしてやる」
 カプラが小さく溜息をつく。
 彼女は掛けていた眼鏡の位置を少し直して、言う。
「方法はあるかもしれません」

 その言葉にウィルは縋った。

 彼女が提案したのはホムンクルスの技術を応用した実験であった――ホムンクル
スのように新しい生命を作るのではなく、今ある生命の複製を作る――それが、実
験内容であった。ただし、モンスターを被験体にした実験でも成功例は少なく、人
間ではまだ試していないという。また、仮に実験が成功してヒンツの複製が生まれ
たとしても、同じ顔をした人間が生まれるだけであって、記憶や性格は一切継承し
ないという。

 ――記憶が残っていなくても良い。もう一度会いたい。
 だから、ウィルはその実験に縋った。


 数回の失敗を経て、実験は成功した――ヒンツの複製が生まれたのだ。
 研究所の中で彼は育てられ、そして彼はオリジナルと同じ名前を与えられてウィ
ルの元にやってきた。
 ギルドマスターに手を引かれ、おどおどした様子でやってきた一人の少年。彼が
新しいヒンツ。
 その顔立ちは、確かに死んだヒンツを若くしたと言っていいほど似ている。
 大きな違いは額がでるほど短く切りつめられていた髪が右目を隠せるように伸び
ていたぐらい。
 ウィルを始め、他のギルメンたち全員で彼を迎えた。
「あの、えっと……」
 ずらりと、見知らぬ二次職の人々に囲まれて少年は臆した様子である。
 全く記憶が残されていないことを知らされていたとしても、やはりウィルの心は
痛んだ。
 ぺこりとヒンツは皆に向かって礼をした。
「これからお世話になります。ヒンツです。えと、シーフ志望です」
 この言葉にウィルは息をのんだ。
 ――昔はプリーストだったんだから、やっぱりアコライトになるのだろう?
 そう思って装備も全部用意しておいたのに、彼は今なんと言っている?
「俺、シーフになりたいんです! えっと、お話で読んだアサシンみたいに強くて
格好良くなりたくて……」
 思わず周囲がいさめなければならないほど、昔の彼はシーフが嫌いであった。偏
見を持っていた。なのに、彼は今、なんと言った?
 シーフになりたいと。
 頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。
 例え姿が似ていても、名前が一緒でも。
 彼はもはや別人なのだと。
 頭では理解していたつもりだったが、やはり現実を完全に受け止めるのは苦痛を
伴う。

「俺の名前はウィリアム。ウィルと呼んでくれ」
 そう言って、ウィルはヒンツに右手を差し出す。
 ヒンツはにっこりと笑って右手を差し出した。
「初めまして。よろしくお願いします、ヴィルさんっ!」
 ヒンツが放った言葉に皆が一瞬言葉を失った。
「あぁ、ごめんなさい。名前を間違えてしまって。本当にっ、ごめんなさい。失礼
なことを……」
 半泣きの状態で頭を何度も下げる彼に、
「いや、構わないよ。君がそう呼びたければそう呼んでくれていいから」
「本当っにすみません。俺、どうしても直せないしゃべり方があって……。失礼な
ことを」
 周囲が黙り込んだ理由を、自身は呼び名を間違えたせいだと思っている。
 けれど、本当の理由は違う。
 プリーストであったヒンツもまた、ウィルのことをヴィルを呼んでいた。やはり、
直せない発音があったのだ。
「よろしく、ヒンツ」
 そう言ってウィルはヒンツの手を取って握手をする。
 声が震えているのをうまく隠せているだろうか。
 涙を堪えていることを隠せているだろうか。
 ウィルは必死で笑顔を作った。
「君を待っていた。歓迎するよ。
 ……立派なアサシンになれるといいな」


――彼は、もう、あの時の彼じゃない。
 でも、それでもまだ、あの時の彼が、今の彼の中にほんの一部でも残っているこ
とを期待しても良いですか?
 神様、俺は期待しててもいいですか?
 俺を愛してくれた彼が残っていることを期待してもいいですか?

 今の彼のことも、昔の彼のことも、ありのままを受け入れることができるように
ならないといけないけれど。
 でも、今はまだできない。
 だから。
 せめてもう少しの間、俺を愛していた彼が残っていると、思わせていてください。


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