【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】
[137:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2007/09/08(土) 06:49:22 ID:j/3KzxDg)]
272.悪いやつら【3日目午前】
おーおー、おうおー、おおー
地の底に響く亡者のうめきのような。
枯れ木の枝をすり抜ける冷たい風のような。
遠く 深く 悲しげな声。
世界は暗い赤に燃え。
大地を踏み締める感覚はない。
悪夢か。
それともこれは地獄で。
自分は死んだのか。
おおおー、うおー
亡者の声が新たな仲間を迎える暗い喜びの声と化し。
お前も死んだと呼びかける。
賭けに負けて死んだのだと。
――?
何かが心に差し込んだ。
賭け。
そうだ。
命を張った賭けをした。
記憶が少しだけ戻る。
途端に脇腹が、ずくん、とうずいた。
痛み。
痛みがある。
夢でもあの世でもない。
生きている。
つまり、賭けに勝ったのだろうか?
わからない。
確かめなくては。いま、すぐ。
*****
「お目覚めのようですね」
彼女がゆっくり目を開けるとすぐに男の声がした。
視線をめぐらせ、声の主を探す。
慌てる必要はない。『敵』ではないはずだ。
「ええ、なんとか…」
意図しなくてもしおらしい声が自然に出る。
もっともどのみち体力を失っており細い声しか出なかったが。
だがそれは予想外の結果を招いた。
「そ。よかった」
ややつんけんした声とともに少女の顔が視界の中にぬっと突き出される。
思わずのけぞり、起こそうとしていた頭を地面に叩きつけてしまった。
「いたっ」
「おやおや。大丈夫ですか?」
最初の声が苦笑含みに気遣う。
「は、はい…あうっ」
答えて上体を持ち上げ、顔をしかめる。
腹筋に力を入れると脇腹に激痛が走った。
「無理しない方がいいですよ。かろうじて内臓はそれたようですが貫通していましたからね」
「貫通…」
反射的に脇腹をなでた手がぞっとするような凹みに触れた。
当てられた布越しでもピリッとした痛みが走る。
ただ、そこに血の湿り気は感じない。
少なくとも表面の傷はふさがっているようだ。
「誰に…?」
呆然とした口調でつぶやいた。
これも策の内。
まずは反応を見る。
それ次第では怪我で記憶が混乱している振りをするつもりだった。
少々あざといが追求をかわすには手っ取り早い。
ところが思惑はあっさり外された。
「治したのは淫徒プリさんですよ」
どこかのほほんとした男の声が、『誰にやられたか』ではなく『誰に治療されたか』を答える。
質問の意味を取り違えただけにも聞こえるが、まさか意図的にやっているのだろうか。
だとすればとんでもなく面倒な男だ。
それでももう一押ししてみる。
「いえ、誰にやられたのかと」
「パピヨンよ」
今度はさっき覗き込んできた少女が不機嫌そうな声で答えた。
「まさか忘れたとか言わないでしょね」
これはまずい。
どうやら思い切り敵視されている。
島に送られる前も同性にいきなり嫌われることはよくあった。
そんな場合にはこちらから話を合わせること。友好的に話のできる相手を嫌い続けることは難しい。
逆に言えば会話のできない相手と思わせたらアウトだ。
記憶喪失の振りは捨てるしかない。
「そう!パピヨンは!」
彼女は我に返ったような顔をつくって跳ね起き、上空を見回した。
その拍子に脇腹へ激痛が走るがぐっとこらえる。
「大丈夫、逃げてゆきました」
今度は予想通りの答えをよこした男に彼女は安堵の表情を向けた。
「そうですか…。あ、それではあのプリーストさんは?」
改めて最も気になることを尋ねる。
これであの男が生きていたのでは賭けは負けに等しい。
「向こうで淫徒プリさん達が様子を見てますよ」
にこやかに男が答えた。
生きてるのか。彼女の心を苦々しい気分が満たす。
ところが少女が不思議そうに言った。
「え?様子を見て…って。弔ってる、じゃないの?♂セージさん」
「そうとも言いますね」
彼――♂セージは臆面もなくうなずく。
「……そうですか。残念です」
♀ケミはかろうじて声と表情を取り繕った。
確かに弔うのも「死体の様子を見」ることかも知れないが、普通そういう言い方はしない。この男、一体どういう根性の持ち主か。
♂セージの顔をそっとうかがうが、内心はまったく読み取れなかった。
少女の方は…相変わらずだ。
「なによ」
探る視線に気付いたのか少女が胡乱な目を向けてくる。
「あ、いえ。私は♀アルケミストと言いますけどあなたは?」
「…♀商人」
少女はそう名乗ってそっぽを向いた。
「さて」
♀ケミが起き上がり、全員が名乗りあったあとで♂セージが皆を見回した。
「皆さんにいくつかお尋ねしたいことが――」
その言葉に重なって遠くから叫び声が響く。
『嫌ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!』
「えっ?」
「悲鳴!?」
一同は揃って立ち上がる。
「誰の声だった?」
「わかんない。でも女の人だと思う」
「確かに」
彼らは慌しく視線を交わしてお互いの表情を探った。
成り行きでともにパピヨンと戦ったとはいえ、まだ性格や考え方まで深く知っているわけではない。
相手はこういう場合にどう行動するのか。それを見極めるのが今後のため重要になる。
それに♀ケミや彼女の話を疑っている♀マジとグラサンモンクにとってはさらなる問題があった。
女の声であれば問題の♀ハンターである可能性がかなり高い。
だが
「何やってるの?早く助けに行かないと!」
「うん。そうだよねっ!」
良くも悪くも素直な♀商人と熱血一直線な♀アコが今にも走り出しそうな様子を見せた。
その首根っこをいち早くつかみ止め、♂セージはどこかのんびりとたしなめる。
「まあ10秒だけ待ってください」
「そんなこと言うとカウントしちゃうわよ」
悪ケミにつっこまれても軽く笑って流し、彼は自分の意見を述べだした。
「助けに行くにしても全員で行くのは論外、まだ充分に動けない方がおられるので時間が掛かり過ぎます。また怪我人だけ置いて行くのも危険すぎるでしょう」
「まあその通りだな」
グラサンモンクは慎重に同意した。
怪我人を理由に救助を諦めろと言うつもりだろうか。だとすれば冷静ではあるが人として信頼はしにくい。
サングラスの奥では♂セージをじっと品定めする。
その視線に気付いてか否か。♂セージは淡々と続けた。
「それからグラサンモンクさんと♀アコライトさんは先の戦闘と治療でほぼ精神力を使い切ったと思います。淫徒プリさんもですが、回復力が違うので多少ましでしょう」
「ええ。でも全員に支援をかける余裕はありませんよ」
今度は淫徒プリがうなずきつつ牽制する。
♀Wizの時と同様に今回も精神力を完全には使い果たさず、ヒール1・2回分の余力は残してあった。
だがあくまでも緊急用であって全員分にはとても足りない。
「速度増加は何人にかけられますか?」
「2人…でしょうか。ヒールする余地を考えなければ、ですけど」
「なるほど。では提案です。私とそちらのモンクさんに速度を掛けてもらい、2人で様子を見に行くのはどうでしょうか」
「えー」
「ひとのしたぼくを勝手に使わないで」
行く気満々だった♀アコと『したぼく2号』を連れて行かれそうになった悪ケミが抗議の声を上げる。が、他の面々はそれぞれうなずいた。
「ま、2人だけ選ぶならそれが一番だよね」
と♀マジは納得顔。
彼女や♀アコに可能なことは♂セージとグラサンモンクにもできる。
商人系は瞬間的な破壊力はともかく、偵察に向いているとは言えない。
ヒールやさまざまな支援スキルを持つ淫徒プリは通常なら適任なのだが、充分な精神力がない今は行っても危険が増えるだけだろう。
そして悪ケミはといえば
「したぼくをしばらくお借りしていいですか?」
「しょーがないわねっ。貸してあげるから利子つけて返すのよっ」
♂セージに頭を下げられ、あっさり許可してしまった。
自分しか反対がいなくなった様子を見て♀アコもすぐに諦める。
一刻を争うときに我を張るほど馬鹿ではない。
「わかった。急いで行ってあげて」
「では…速度増加!」
全員の同意を受けて淫徒プリが魔法を掛け、即座にセージとグラサンモンクは駆け出した。
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