【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】
[209:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2008/02/02(土) 21:33:51 ID:O4nwUA02)]
281.噛み合わない歯車[3日目午前]
遠くからかすかに言い合う声が聞こえた。
一瞬そちらへ気を取られた♂騎士は注意を目の前の茂みへ視線を戻す。
「そこの奴、出てこい」
騒ぎが聞こえると同時にそこでもはっきり気配が動いた。
誰かが隠れている。
しかし声を掛けてもすぐに出てくる様子はなかった。
剣を構え一歩踏み出す。
「来ないならこっちから行くぞ」
ゆっくり待っている暇はない。
聞こえた騒ぎが♀ハンターの引き起こしたものなら止めに行かなくてはいけないし、一方的に撃たれまくった♀騎士の具合も気になる。
すると茂みの向こうの誰かが口を開いた。
「出てもいいのですが、その前に質問です」
意外にも落ち着いた男の声。聞き覚えはないがとりあえず敵ではないらしい。
半ば戦う覚悟を固めていた彼は軽く意表をつかれて足を止める。
「…なんだ」
「そちらのお二人はどうしたのですか」
「二人?」
一瞬質問の意味が分からなかった。
だがすぐに♀騎士と♂モンクのことと気付く。
連戦の傷で気を失ったか、♀騎士は盾を構えてうずくまったまま動かない。
「ミストレスと…♀ハンターにやられた」
「ふむ?」
答えた途端に相手の声が不思議そうな調子を帯びた。
そして別の質問をする。
「相手の姿をはっきり見たのですか?」
「ああ。間違いない」
「ほう」
今度はわずかに考えるような間。
どうも疑われているらしい。その態度に彼はだんだんムカついてきた。
自分の正体も明かさず一方的に質問しておいて、こっちの答えを疑うとはどういうつもりか。
「いい加減にしろ。信じないならさっさとどっか行け」
彼は腹立ちを隠さずに言った。
だが次の質問で頭にのぼった血が一気に引く。
「姿が見えるならなぜ♂アルケミストさんを手に掛けたのですか?」
頭の中が真っ白になった。
違う。
いや違わない。
「あれは…あのときは本当に…」
「誰だか分からなかったと?」
言葉を先取りされた。
こいつは彼についてよく知っているらしい。
だが、声にも口調にも聞き覚えはない。
いったい何者だ
何もかも見透かされているような気がして恐怖がじわりとこみ上げてきた。
*****
「ではいつ、どうして分かるようになったのです?」
♂騎士の様子を茂み越しに見ながら、♂セージはやや詰問口調に問い重ねる。
いつものような余裕がない原因は後方から聞こえてきた騒ぎだった。
仲間達に何かが起きたのだ。
すぐに戻りたかったが♂騎士と接触してしまったあとではそうも行かない。
彼が危険人物であった場合、ただ逃げたのでは仲間達のところまで追って来られる可能性がある。
逆に味方にできるなら何も言わず逃げては後の信頼回復が難しくなる。
だから敵か否かだけでも確認したかった。
とは言っても事情を細かく問いただす余裕もなく、
「…♀アーチャーにとどめを刺したときだ。…理由は分からない」
♂騎士が苦しい声で釈明したのに対して一歩踏み込んで確認することができなかった。
「♀アーチャー?確かですか?」
「…ああ」
相手がはっきりと頷いたのを見て♂セージはため息をつく。
「では残念ながらあなたを信用するわけにはいきません」
「……そうか」
♂騎士も重い息を吐いた。
頼まれてとはいえ罪もない少女の命を奪ったのは事実だ。
♂アルケミストとのことも知られている。
ならば人殺しの自分を信用できないのも当然だろうと思ってしまった。
だが♂セージには別の理由があった。
彼は♀アーチャーがミストレスに憑依されていた事実を知らない。その一方で2日目夜の放送で彼女が死んだという情報は聞いている。
放送と♂騎士の言葉の両方を事実だとすれば♂アルケミストを殺害した時点で彼は正常だったことになる。
そんなはずはない。またジョーカーが死亡者の名を偽る理由もない。
つまり♂騎士が嘘をついている、あるいはまだ何かの異常を残している疑いが濃い、という結論になる。
何か事情があるのかもしれないが、それを聞き出して真偽まで確かめるにはどれだけ時間が掛かるか分からない。
かと言って不安要素を残したまま連れ帰るわけにも行かない。
残念だが今は諦めるしかなかった。
*****
「で、俺をどうするつもりだ。殺すのか」
騎士がどこか捨て鉢につぶやくのを聞きながらグラサンモンクはかがめていた腰を伸ばした。
どうやら決裂したようだ。これ以上ここに居る意味はない。
「いえ、私たちが離れるまで動かないでいただければ充分です」
「私たち?」
意図的にだろう、♂セージが複数形で言ったセリフを♂騎士が聞きとがめる。
それと同時にグラサンモンクは茂みから♂騎士の背後へ出た。
万一に備え、♂セージが会話で注意を引いている間に回り込んでいたのだ。
いきなり背後を取られた♂騎士が驚き顔で振り返る。
「戻りますよモンクさん」
彼の行動に♂セージも慌てたらしい。早口に呼び止めた。
それはそうだろう。この状況で姿を見せる理由は普通に考えれば戦うため以外にはありえない。
だが正直彼にも戦っている暇などなかった。
姿を見せた理由は別にある。
「そのモンクを連れて行かせてもらう」
グラサンモンクは身構える♂騎士へ淡々と告げた。
悪ケミの作戦を成功させるにはGMに対応されるより早く全員の首輪を無効化しなければならない。それには気奪を使う人間が彼1人では無理がある。
目の前にモンクが倒れているのに置いてゆく手はない。
「まて、そいつは」
抗議しようとする♂騎士の目をグラサンモンクは真っ向から睨み返した。
「仲間だというならなおさらだ。お前に治療はできまい」
「だが」
「くわしい話はこいつに聞く。当人が戻ると言えば止めん」
目を合わせたままジリジリと膝を落として♂モンクの体をかつぎ上げる。
しかしさすがに♂騎士もそれを黙って見過ごしはしなかった。
「やめろっ!」
「フロストダイバー」
♂騎士が実力で阻止しようと踏み込む。その瞬間♂セージが茂みを飛び出し呪文を唱えた。
完全に背後をつかれた♂騎士はとっさに身を捻って避けようとするが、右半身を氷に閉じ込められる。
グラサンモンクは無力化した♂騎士を無視して♂モンクを背負う。
♂セージは彼に歩み寄って仕方なさそうに言った。
「女騎士さんも連れて行きましょうか」
言外になぜ危険を冒して♂モンクを連れ帰ろうとするのか、♀騎士はいいのか、と聞いている。
だから彼は即座に断言した。
「そっちは無駄だ。諦めろ」
目的は♂モンクだけだという返答。
実際に♀騎士の傷が助からないほど重いものかどうか分からない。
だが連れて帰ったところで皆ヒールする力は使い果たしている。可能性があるのは♂プリだが、彼だけでは2人とも治療するのは厳しいだろう。
まして彼と♂セージの両方とも怪我人を背負っていては、帰り道に襲われた場合反撃できない。
それは危険すぎる。
ところが♂セージは平然と言い返した。
「何とかなるでしょう。彼女も居ますし」
そして自分が出てきた茂みをちらりと見る。
「そうか」
グラサンモンクは調子を合わせて頷いた。
こちらが複数だと匂わせたのと同じ。伏兵を警戒させて追跡をためらわせるためのハッタリだ。
♀騎士を連れて行くのもそれだけ余裕があるという一種の示威行為になる。
まあいいか。
グラサンモンクは冷徹に計算した。
戦力は多いに越したことはないし、万一の場合には捨てれば済むことだ。
*****
「待て、くそっ」
♂騎士は左手で体を縛る氷を殴りつけた。
利き手じゃない上に態勢に無理があるためうまく割れない。
「くそっくそっくそぅっ!」
拳や氷の縁でこすれた部分の皮膚が破れ、血がにじむ。
それでも痛みを感じないことがいっそ悔しい。
氷から抜け出せたときには4人の影も形もなかった。
「くそぉ…」
無力感を噛みしめながら溶け残った氷の欠片へ力まかせに拳を叩きつける。
「…ん?」
うなだれる彼の目が地面の一点で止まった。
氷の破片に混じって何か落ちている。
それは♀騎士が持っていたはずの物だった。
「錐か!?」
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