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【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】

[315:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2008/06/13(金) 21:41:07 ID:QVl97F1Q)]
286.命の選択を[3日目午前]


「跳べ!」
弓が引かれるのを見た瞬間、グラサンモンクは♂セージの肩を押して右へ跳んだ。
素早く反応した♂セージが左へ走り、木陰へ飛び込む。
♀ハンター…の成れの果てと言うべきか…は、目標が分散したことで一瞬動きを止めたが、すぐにグラサンモンクを向いて矢を放つ。

ばしゅんっ

半ば朽ちたような武器や、腫れ上がってちゃんと見えているかも怪しい眼を考えれば、驚くほど正確な射撃だった。
地を蹴って全力で射線から身をはずす。
背後をかすめ過ぎる矢風。
よけた。だが息つく暇もなく頭を狙って二の矢が飛来する。
素早く上体を沈めてかわす。髪の毛を十数本まとめて持っていかれた。
さらに三の矢が足元へ。反射的に跳び上がって避け――その着地点を狙って四の矢。
空中で強引に姿勢を変える。だが脚を浅く切り裂かれ、血が数滴散った。
気にせずダッシュ。

一矢ごとに狙いが確かになっている。
これ以上♀ハンターに近付くなど論外、それどころか一瞬でも足をゆるめれば射抜かれるだろう。
それでも彼は樹を盾にすることなど考えず、♀ハンターを回り込むように走り続けた。
どのみち彼には今、気弾を1つか2つ集められる程度の力しかない。
真っ向勝負できる状態ではないのだ。
だから

ガサッ

六本目の矢を避けきれず大きくバランスを崩したとき、後方で茂みが鳴った。
♂セージが盾にしていた木陰を飛び出した音だ。
さらに素早く呪文を詠唱する声が続く。

ヒャウッ

気付いた♀ハンターは一歩下がりながら振り返り、♂セージへ弓を向けようとする。
だが遅い。

「ファイアウォール!」

矢が放たれるよりわずかに早く♂セージの呪文が完成した。
この間を稼ぐためにグラサンモンクは右へ――♀ハンターの左側へと回り込んでいたのだ。
弓は通常左手に握り、右手で弦を引く。
その姿勢の都合上、構えた位置からそのまま右へ弓を向けると弦がゆるんでしまう。
なので右へ狙いを変える場合は先に体を回さなくてはならず、左へ狙いを変える場合よりほんのわずかに遅くなる。

「よし」

火柱が♀ハンターの体を捉えたのは一瞬だったが、それでも確実にダメージを与えた。
反撃の矢が飛ぶが、呪文の完成と同時に隠れた♂セージには当たらない。
そして♀ハンターの弓が♂セージを向いた今、グラサンモンクには背を向けている。
しかも炎から逃げた分だけ距離も詰まった。
好機。
彼は姿勢を立て直すと同時に♀ハンターへ向け突進した。

ヒアッ

すぐに気付かれ、再び振り向いて射掛けてくる。
その矢を彼は左手で真っ向から受けた。
気を纏っているわけでも、鉄の爪をつけているわけでもない左手のひらを、矢はやすやすと貫通する。
だが彼は命中と同時に拳を瞬間的に握り締めた。
筋肉と骨がギュッと締まり、体に届く前に矢を食い止める。

「おおおおおおっ」

ファイアウォールに背後を遮られ、♀ハンターに下がる余地はない。
このまま組み付けば勝ちだ。
雄叫びとともに躍り掛かる彼の目前で、弓が強く、大きく引き絞られた。
その矢尻が外されている。
チャージアロー。

間に合え、と念じつつ体を丸め、彼は覚悟を決めて飛び込む。
だがその手が届く前に♀ハンターの狙いが定まった。
グラサンモンクを弾き飛ばすための矢が撃ち出されるその瞬間。

パキンッ

あっけないほど軽く乾いた音を立てて弓が折れた。
酸に焼かれ、今また炎に焼かれた弓は、チャージアローを撃つための強い張力に耐え切れなかったようだ。
どちらもがその事態に反応しきれないうちに双方の体が激突する。

キヒイッ

地に転がった♀ハンターは素早く跳ね起き、キョトキョトと周囲を見回した。
一方何が起きたか悟ったグラサンモンクは悠然と立ち上がる。

「諦めろ。お前にはもう勝ち目も逃げ道もない。おとなしくつかまるかここで死ぬか、どっちかだ」

罠も飛び道具もないハンターなど恐れるに足りない。
そう確信しての行動だった。
その戦力判断に間違いはない。
だが

「フロストダイバー!」

♂セージの声とともに地を這う氷の帯が♀ハンターへ走った。
そこまでする理由を不思議に思う間もなく、それは目標に到達する。

パシャンッ
ヒァウッ

氷に全身を包まれかけた瞬間、♀ハンターは何を思ったか自らファイアウォールの炎に身を投じた。

「おい――」
「拾わせてはいけません!」

♂セージの声が響く。
少し遅れてグラサンモンクは♀ハンターの目的に気付いた。
寒さに錯乱して飛び込んだわけではない。
炎の壁の向こうには倒れたままの♀アルケミストと、彼女の落としたクロスボウがある。
拾われるとまずい。

慌てて止めようとしたその時。
アアアアアアアアアアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!!!
グラサンモンクでさえ聞いたことがないほど絶望的な悲鳴がどこかから響いた。
さしもの彼が一瞬気を取られる。

その一瞬が致命的だった。
イヒィ
ファイアウォールを突き抜けた♀ハンターはクロスボウに飛びつき、炎の残滓を身にまとったまま素早く矢をつがえる。
そして至近距離からグラサンモンクへ向けて撃ち放った。

「ぐっ」

避けられる距離ではない。
胸のど真ん中に直撃を受けて弾き飛ばされる。
幸いと言うべきか、発射された矢はついさっきチャージアローを撃つため矢尻を外したものだった。
ダメージは浅い。だが、再び間合いが開いてしまった。
即座に飛んできた追撃の矢を避けて茂みに転がり込む。
「何かあったようです。戻りますよ」
同じく矢に追い立てられて向うの木々に隠れた♂セージが声を掛けてきた。

「くそっ」
グラサンモンクは小さく悪態をつく。
確かにもう♀ハンターを短時間で倒せる見込みは薄い。
同じ戦法はもう通用しないだろうし、武器もさっきまでのガタが来た弓ではない。
態勢を立て直すためにも一旦退くべきだ。

そこまで考えて慄然とする。
人ひとり背負って、背後から撃たれるのを避けながら逃げる?
不可能に近い。
まして仲間が襲われているのだとすれば♀ハンターまで連れてゆくわけには行かない。
どちらかが囮になるしかないだろう。

「すまん。俺のミスだ。だからアレは俺が引き受ける」
グラサンモンクは♂セージに怒鳴り返した。
自分は怪我人2人から離れすぎたし、最小威力でなら速度増加も使えるかもしれない。
囮をするなら♂セージより適任だ。
ただその♂セージは軽くとりなすように言った。

「ミスを言うなら私も同じですよ。あの弓を燃やす選択肢もあったのですから」
「…まあ理屈だがな」

グラサンモンクは苦笑いする。
確かにフロストダイバーではなくファイアウォールを使っていれば、♀ハンターの手に渡る前にクロスボウを焼いてしまうこともできた。
しかしそれはあくまでも可能性の話だ。実行すれば♀アルケミストを巻き込み、とどめを刺していただろう。
彼が本当にそんなことをするような人間だったら共同戦線を張ってない。

「頼んだぞ」
独り言に近い言葉を残して身をさらす。
途端に今までより一段と速い矢が飛んでくる。
それをかわしてグラサンモンクは走り出した。


「さて困りましたね」

本当に困っているのか怪しみたくなるような表情で♂セージはつぶやいた。
しかし当人としては珍しく真剣に悩んでいた。
目前には怪我人が3人。
背負って行けるのは1人。
結果だけを見れば、1人を助けようとして2人見捨てなければならなくなったわけだ。

「兄に言わせれば、この甘さが私の弱点なのでしょうけどね」

愚かな判断だったと言うこともできる。
だが後悔はしない。

「可能性を切り捨てるのは私の流儀ではないのですよ」

全員助けられる可能性も確かにあったのだ。
それを否定することは、この島から皆で脱出しようという彼らの試みを否定することにつながる。
後悔はしない。選んだ道を投げ出すこともない。
だから彼は決断し、1人を背にかつぎ上げた。


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