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【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】

[384:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2009/02/28(土) 09:06:44 ID:rUfe3dls)]
292.そして彼だけになった。

♀アルケミストの前には、死神がいた。

全身から力はどんどん抜けていき、それに反比例して全身の痛みはますます増している。
それでも――意志は、まだある。
そう、生き残る。
どんな手を使ってでも、生き残る。
そうじゃないと――これまでの人生で行ってきた全てが、無駄になる。
幸せになるために、なんでもやった。
笑顔で笑う自称友人を陥れた。
純朴な青年を誘惑した。
自分を幸せにしてくれない親を――殺した。
それも、全ては幸せになるため。
そう、自分は正しい。
人はみな自分が幸せになるために生きている。
私はそのハードルが他人よりも著しく高かっただけ。
私は常に最善の結果が出るようにと行動してきた。
その私が何故、こんな血と埃に塗れた辺境の島で、一人寂しく死ななければならないのか!!!

理不尽だ! 理不尽だ!

私は生きたい!
生きて、幸せになりたい!
そのためにはこんなところで死んでいられるか!!!


そこで、死神の手が、私に触れて。
瞬間、全身を蝕む苦痛が薄れていくのを感じて。
私は、自らの人生の徒労を理解し、また自分が幸せに包まれているのだと理解した。


♀アルケミストが息を引き取ったを確認して、ようやくグラサンモンクは彼女の首から手を離した。
彼女は――生きようとしていた。決して、生き延びられる筈がないのに。
その執念、あるいは妄執は彼女の全身あるいは全霊を蝕んでいた。
このままでは、彼女はきっと無念のまま死んでいくだろう。
そう理解したグラサンモンクは――♀アルケミストの首に、手をかけた。
せめて、彼女が安らかな死を迎えられるように、と。
医学的な話をするならば、首を絞めることで脳に血液が送られなくなるため、正常な思考ができなくなる。
しかし、それ故に彼女の思考を蝕む妄執を取り払った状態で、彼女を逝かせることができた。
事実関係を確認するならば、彼は♀アルケミストを殺したことになる。
それでも彼は後悔はしていなかった。彼女を妄執から解き放ってから逝かせられたのだから……

「さて、と」
もう一人、重傷者がいた。
♀騎士だ。
彼女は生きているだろうか。
グラサンモンクは彼女に近づき、露わになっているその首筋に触れる。
はたして――彼女は、冷たくなっていた。

グラサンモンクは、ほんの数秒だけ、目を閉じる。
それは、やけになって叫んで走り出したくなる自分を抑えるため。
そして、死んだ♀ハンター、♀アルケミスト、♀騎士への黙祷でもあった。

そして、残ったのは彼と、♀ハンターを殺した鷹だった。
この鷹には見覚えはないが、先ほど♀ハンターを倒した手並みをみると、まさか野生ではあるまい。
彼は先ほどからぴぃぴぃと泣いている。
グラサンモンクには彼の言葉がわからないが――なんとなく悲しげな響きを感じ取っていた。
ともかく、彼をこのままにしておくわけにはいかない。
このゲームの参加者でないのなら、なおさら。
「なあ、鷹よ」
それが、自分に向けられた言葉だと理解したのか。
鷹は、グラサンモンクに寄ってくる。
結構躾けられているな、と感心しつつも、グラサンモンクは続ける。
「お前は、もう帰れ」
ぴぃ、と鷹が悲しそうに鳴いた。
「この島は――地獄だ。
どいつもこいつもいい奴で、誰も彼もが生きたいと思っているくせに、全員死んでいく」
だが、と続ける。
「お前は、ゲームの参加者じゃない」
ぴぃ
「お前は、帰れ。帰ってくれ。このままだと、きっとお前は死ぬ」
ぴぃ、ぴぃ。
「だから、頼む、帰ってくれ。そして新しい生活を見つけて――せめてお前だけは、幸せに生きてくれ」
両手、両膝、さらに頭を地面につける。
獣に自分の意思がどこまで伝えられるのかわからなかったが、彼にはこれしか方法が思いつかなかったのだ。
「頼む、お前だけは――帰って、幸せに――」
1分、2分、それ以上。
長い長い間、グラサンモンクは土下座をしていた。
そして、ようやく目の前の気配が消えたことを感じて――立ち上がった。

ふぁるは、大空を周回していた。
そして、グラサンモンクが立ち上がったのを視認すると、ぴぃ、と一言だけ鳴いて、ねぐらへ向かって飛び立った。

<残り10名+3匹>


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