【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】
[356:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2009/02/13(金) 05:00:16 ID:C6vcXtho)]
アナザー.揺れる天秤[3日目]
「ちょっと、嘘!?」
♀マジの胸の中央を赤い触角が撃ち抜いている。その光景に♀アコの悲鳴が上がった。
即死だ。手の打ちようはない。
分かってはいても、いや分かってしまったからこそ全員の動きが止まる。
再び形勢が虫の主従に傾こうとした刹那
「うおおおおおおぉっ!」
凍りついた空気を断ち割るように♂プリのマイトスタッフが振り下ろされた。
蟲は避けることさえできずにその一撃を受ける。
尾を♂スパノビに組み止められているためだけではない。♂プリを向く蟲の両眼は砕けていた。♀マジの最期に唱えたSSは完成し、一矢を報いていたのだ。
「止まんなっ!こいつらシメて、泣くのも祈んのもそれからだっ!」
破戒僧らしいことを破戒僧らしい口調で怒鳴る。
蹴飛ばされるように全員の時間が動き出した。
「ファイアウォール!」
すでに次の獲物を狙って動き出していたパピヨンを♀Wizが牽制する。
「ちぇ」
パピヨンは♀マジの遺体を引きずって後退。まだ生気を残している血液をすすりだした。
「このお…」
「行け」
怒りをあらわにする♀アコへちらりと視線を投げ、♂プリは告げた。
「こっちは俺とこいつで何とかなる」
「…お願いっ」
♀アコは飛び出す。
実のところ彼女が一対一でパピヨンに勝てる可能性はかなり低い。おそらく♀Wizの援護を受けることになるだろう。だったら♀Wizが1人で牽制し、先に蟲を倒した方が効率はいい。
理屈ではなく経験と勘がそういう結論をはじき出していた。だがモンクを志す彼女が明確な悪への怒りを我慢することなどできなかった。
「ちえぇぇすとおぉぉっ」
間合いを一気に詰め、全力の右中段突きを繰り出す。
「なによー。ごはん邪魔しないでよー」
♀マジの遺体を抱えて血をすすっていたにもかかわらず、パピヨンはその攻撃をあっさりかわした。
お返しとばかりに左右の触角が連撃で迫る。
ストレートの左を首を振って避け、さらにしゃがんで右のスウィングを回避。
「アイスウォール!」
♀Wizの声とともにパピヨンの背後へ氷の壁がそそり立ち、退路を断った。
♀アコは即座に踏み込んでパピヨンを追い込む。
「せえぃっ」
大振りになった初撃とは違う鋭いワン・ツー。
今度はパピヨンも避けきれず、触角を使って弾きながら横へ逃げる。
その一点を狙い、♀アコの肩越しに半透明の魔力球が殺到した。
「ソウルストライク!」
♀アコの体と攻撃を目隠しにしての不意打ち。闇SSでの防御は間に合わない。
ズババババンッ
全弾が命中し、肉体にはじける音が連なった。しかし
「…んなっ」
絶句したのは♀アコの方だった。
パピヨンは体の前にぶら下げた♀マジを盾にして魔法を受け止めていた。しかも着弾によって開いた傷口から血液をすすって見せて投げ捨てる。
「ぷう。ごちそうさまっと」
口を拭うパピヨンの姿を見て♀Wizは目を見開いた。
今まで交戦でパピヨンにも小さいながらダメージを積み重ねてきた。その痕跡が見あたらない。そればかりか
「じゃー反撃かいしーっ」
「下がって!」
明らかに今までより充実した魔力を感じて♀Wizは叫ぶ。
ほとんど同時に♀アコも危険を感じて跳びすさった。
その目前で真紅の魔力球が生み出され、打ち出される。
「くっ!」
♀アコはとっさに体を丸め両腕で顔と胴体の急所をかばう。ところが赤い光弾は身を固くした彼女の左右をかすめ、♀Wizへ向かった。
「ソウルストライク!」
♀Wizはかろうじて詠唱を間に合わせた。しかし至近距離で魔力が炸裂し、余波を浴びてよろめく。
さらに防御を固めたために動きの鈍った♀アコを触角が打ち据えた。
「くぅっ」
ガードの上からでも息が詰まるほどの一撃を浴びて腕の骨が軋む。
痛めていた右手にいやな痺れが走り、しかも拳の届かない距離へ押し返されてしまった。
強い。
2人の頬を嫌な汗がつたった。
「おおおおおっ」
がんがんと蟲の表皮を叩きつけながら♂プリも次第に焦りだしていた。
ほとんど一方的に攻撃し続けているが、固くて生命力もやたら高い。彼だけでは一気に倒すだけの決定打が欠けていた。
♀Wizたちの苦戦は彼にも見えている。そして♂スパノビの力も明らかに弱り始めていた。
考えてみればこの手の地を這う蟲はほとんどが毒を持っている。その牙を腹に突き立てたままこらえているのだ。とっくに限界を迎えていてもおかしくない。
「さっさとくたばれっ」
ギイイッ
早く決着をつけようと思い切り振りかぶった瞬間、本能的に危険を察知した蟲が牙を盲滅法に振り回した。杖と牙が激しく噛み合い、金属的な音が上がる。
「やべ、しまった」
♂プリの視線が宙を舞うマイトスタッフを追った。
彼の攻撃も蟲の牙一本を見事に叩き折ったが、代償に武器を失った。
拾いに行くか素手で殴るか一瞬迷う。その間に蟲の追撃が来た。
「うおおっ」
三本の牙の内一本が折れたおかげで挟み込まれはしなかった。だが棍棒で殴られたような衝撃を受けて薙ぎ倒される。
そのまま噛みつこうとする牙をぎりぎりつかみ止めた。だが、これで彼も動けない。♂スパノビが力つきたら支えきれないだろう。
やばい。何か逆転の手を打たないと。
じりじり押し込まれる牙を彼はにらみ付けた。
「フロストダイバー!」
「おっとー」
♀Wiz達も苦戦を続けていた。
そもそもここまで魔法を連発しすぎて精神力の残りが心もとない。
また♀アコも、高速で移動しながら攻撃を繰り出すパピヨンを追いきれていない。
さらにはデビルチもまだどこかで機会をうかがっていると思っていい。
「アコさん、♂プリさんの方をお願いします」
一瞬迷って♀Wizは言った。
「でも!」
ぎりぎりで触角をかわし続け、細かい傷だらけになった少女は悔しそうにパピヨンをにらむ。
「こちらは大丈夫ですから」
「……!」
♀アコは、ぎり、と唇を噛んだ。
♂プリにも同じ事を言われた。
つまり不可欠な戦力ではないということだ。充分に強ければどちらかに協力して一気に倒せたのに。
未熟。自分はあまりにも未熟。
「すぐ戻るからっ」
歯を食いしばって♂プリ達のところへ駆け戻ろうとする。その前に桜色の影が舞い降りた。
「だーめ。次はあんたー」
「邪魔っ」
体の前にそろえた両腕で急所をかばい、左右のステップでフェイントをかけて一気に抜ける。
触角がかすめたがダメージは少ない。行ける。
そう思った瞬間視界がぼやけた。
「あ…れ…?」
「アコさんっ!?」
パピヨンの脇を駆け抜けたところで突然止まった♀アコに、♀Wizは叫んだ。
一瞬遅れて何があったのか気付く。
「――睡眠毒!」
普段なら起こせば済むが、手の足りない今は最悪のタイミングと言っていい。
さらにパピヨンは赤い光を集め、槍を構えるように触角を大きく引く。
このまま無防備な背後から攻撃されれば♀マジの二の舞だ。
「フロストダイバー!」
凍結してくれれば儲けもの。回避されても♀アコへの攻撃は止まる。
だがパピヨンは素早く飛び上がり、木を盾にして氷を避けたかと思うと♀Wizへ突撃してきた。
「あははははははは、死んじゃえーっ!」
魔力球と触角は構えたままだ。FDを唱えた後では両方を防ぐだけの呪文を唱える余裕などない。
「クァグマイア!」
♀Wizは魔法を食らうのは諦めて物理攻撃の回避を優先した。
そして
「スペルブレイカー」
「「え?」」
赤い魔力球は撃ち出される前に消滅した。
「やれやれ。つい手を出しましたが、これはどうしたものでしょうかね」
茂みの中から出てきた男は困り顔で頬を掻いた。
read.cgi ver4.20 by GlobalNoteScript (2006/03/17)