【憎悪と狂気】バトルROワイアル 十冊目【恐怖と絶望】
[74:名無しさん(*´Д`)ハァハァ(2007/05/18(金) 02:19:57 ID:9OmP2TJM)]
268.頭上の敵[3日目午前]
まずいことになった、と♀ケミは脳をフル回転させる。
死にぞこないの逆毛が余計なことを言ってくれたせいで疑われるのは時間の問題になってしまった。
しかも顔見知りの淫徒プリまで出てきた。
考えてた中でも最悪に近い状況だ。
でも、事態はまだ混乱している。
「ん〜。ちょっと増えすぎ?できれば順番に並んで欲しいなあ」
「ふざけんなー!あんたちょっと降りてきなさいっ」
「やーだよー。そっちが昇ってきたらー?」
パピヨンは急に数の増えた『ごちそう』を警戒して少し高度を上げていた。
その高さから地上の♀アコと口げんかしている。
こうしてみると知能のあるパピヨンというのは実に厄介だ。
人の手の届かない高さから中〜遠距離の攻撃ができるのだから。
弓使いがいない今、有効な反撃をできるのは魔法使いだけだろう。
彼女は♂セージと♀マジに視線を向ける。
「魔法使いさんたち、あのパピヨンを撃ってください!」
「あ。ちょっとムカ。そこのおばさんからに決〜めた」
「誰がおばさ――」
ヒュヒュヒュヒュンッ
♀ケミの言葉をさえぎって血色の魔力球が殺到した。
「きゃっ」
「ソウルストライク!あんた、挑発してるんじゃないわよっ」
「ソウルストライク。まあやることは一緒のようですが」
パパパンッ
左右から飛来した半透明の魔力球が血色のそれと空中で交錯する。
ほとんどは相殺し合ったが、弾幕をすり抜けた赤光が一発♀ケミの眼前へ迫る。
「ちっ」
命中直前、グラサンモンクの掌が割り込んで受け止めた。
彼も♀ケミに対する疑念を増してはいたが、目前の敵に攻撃を受けてる最中にそんなことは言ってられない。
薄く煙を上げる手のひらを握り締め、彼は毒づいた。
「思ったより痛いぞ」
「あったりまえでしょ!むちゃするんじゃないわよっ」
悪ケミに叱られるグラサンモンクを横目に♀ケミは考えを素早くまとめる。
どうやら『仲間』達はまだ彼女を見捨てていないらしい。
♂プリの言葉を聴いて全然疑わないはずもないだろうが、これなら挽回の余地はある。
「プリーストさんが危ないです。あの人から引き離さないと」
彼女はそう言って飛び出した。
「ちょっとあんた、まだそんなこと」
「戦えないのに前出るなーっ」
叫ぶ♀マジと♀アコの間を抜ける。
前へ。一気に♂プリの元へ。
「ちょっとー。無視すーるーなー」
木々の間を縫ってパピヨンが襲い掛かった。
中空から再び真紅の光弾を放とうとする。
だが今度はそれが撃ちだされる前に消滅した。
「スペルブレイカー」
「あ、あれっ?ちょっと、邪魔しないでよっ」
「そう言われましてもねえ」
「む。次やっつけるのあんたに決定ー。いーもん別のコトだってできるし」
つかみどころのない笑みを浮かべる♂セージに頬を膨らませ、パピヨンは羽を大きく羽ばたかせる。
「寝ちゃえー!」
その蝶の羽からキラキラ輝くものが広がった。
「きれい…」
「のんきですね。息を止めて」
「鱗粉?…げ、やば」
「何が?」
♂セージや♀マジらはその意味に気付いて息を止めたが、♀アコや♀商人、グラサンモンク達は舞い散るそれを吸い込んでしまった。
「ちょっとキミ!寝てるんじゃないわよ!」
「…あ、あれ?」
足元をふらつかせた♀アコを♀マジが叩き起こす。
♀商人も♂セージが肩を揺さぶって意識を取り戻させた。
睡眠毒も体へ直接打ち込まれた場合と違って広範囲に散布したのでは効き目は薄いようだ。しかもこの人数なら眠らなかった者が起こせる。
「もういっかーい」
「同じことやったって無駄よっ」
再び輝くものが宙に広がるのを見て全員が息を止めた。
だが、その様子にパピヨンは笑う。
「なーんちゃって」
瞬刻の後、触角の間に真紅の光弾が生まれ♀ケミへ向かって殺到した。
息を止めていた♂セージはスペルブレイカーに間に合わない。
「――しまった!」
「きゃあっ!?」
どぱぱぱんっ
鈍い着弾音が連鎖する。
その衝撃に突き飛ばされるように♀ケミの体が転がった。
「ああもうっ」
♀マジは♂セージとアイコンタクトを取り詠唱の態勢に入る。
「ソウルストライク!」
「邪魔っ」
ほとんど同時にパピヨンは魔力球を生み出し、自分がやられたのと同じように相殺しようとする。
その出鼻を♂セージが押さえた。
「はいスペルブレイカー」
「ええっ!?うわわわわっ」
撃ち出される前に赤い光球だけが消滅する。
当然のように♀マジの魔法はパピヨンに命中しようとした。
彼女はとっさに羽を閉じて落下しながら身をよじり、直撃を回避する。
それでも避けきることはできず、魔力に弾かれた羽から鱗粉が散った。
「んもうあぶなっ!って、きゃーっ!?」
「とうっ」「逝け」
地上すれすれで羽を広げ、地面への激突を回避したパピヨンへ2つの影が殺到する。
鋭い拳の連打が左右から襲った。
スピードを殺した直後で飛び立つには間に合わない。避けようにも挟み撃ちで逃げ道が封じられている。
とっさにパピヨンは地面を蹴り、同時に触角を上へ放った。
鞭のように枝に巻きつかせ、一気に体を引き上げる。
「まだだ」
拳が空を切ったグラサンモンクは体を急停止させ、パピヨンへ右の人差し指を向けた。
その動きに合わせて青白く光る気の塊が飛ぶ。
パピヨンは急いで触角をほどいて羽ばたいたが逃げ切るには間に合わない。
かすった肩口から薄黄色の体液がしぶき、背後の羽にピンポン玉大の穴が開いた。
「いったーい!なにすんのよ寄ってたかってー!いじめかっこわるいっ!」
「…やはり単発では無理か」
空中で器用に地団太を踏むパピヨンをグラサンモンクは無表情に見上げた。
指弾は複数同時に撃とうとするとそれだけ余分に「ため」が必要になる。
だから隙を狙うために素早く撃てる単発を使ったのだが、それで倒せるほど甘くはなかったらしい。
彼はゆっくりと気を練り直す。
そのとき期せずして戦いの中に静寂が生じた。
パピヨンと魔法使い達がお互いに出方を窺うことで生じた間。
戦闘に気を取られていた淫徒プリはその空白によって自分のなすべき事を思い出した。
見たところあのパピヨンの能力は通常よりかなり高い。
彼女の攻撃を受けたのであればひどい傷を負っているかもしれない。
淫徒プリは♂プリと♀ケミのところへ駆け出した。
「あんたも無視すーるーなー」
その動きを見とがめたパピヨンは急降下し、魔法の射程に淫徒プリを捉える。
だがそれは地上にいる者たちにとっても同じことだった。
「今度こそっ」
♀マジがソウルストライクを詠唱し、♂セージはパピヨンの魔法を待つ。
しかしパピヨンは闇SSで相殺しようとはしなかった。
「おんなじ技はきかないよーだ」
手近な巨木の幹を巻くように降下し、魔法の射線を切る。
半透明の魔力球は木の表面でむなしくはじけた。
「それではそちらも撃てないでしょうに」
♂セージは即座にスペルブレイカーの準備をやめて素早く別の呪文を詠唱する。
「ナパームビート」
その術はパピヨンではなく、彼女が盾にしている木の枝を目標に炸裂した。
軽い破裂音が上がり、衝撃波が四方に放たれる。
衝撃は幹の陰へも回り込み、狙いどおりに蝶の羽を打った。が、パピヨンは軽く顔をしかめただけで爆圧に乗ったかのように加速する。
目標は彼女のほぼ真下で待ち構えるグラサンモンクと♀アコ。
「いっくぞー」
「来い」
グラサンモンクは気の流れを指先へ集中させた。
飛び込んでくるのが剣を握った人間なら、あるいはさっきと同じ単発なら指弾を放つほうが早かっただろう。
しかしパピヨンの一撃は鞭の間合いと飛燕の速度を持ち、しかも彼は今度こそ仕留めるべく5つすべての気球を操っていた。
バチッ
鈍い音が上がり、打たれた肩から背中にかけて服がはじける。
もちろんその程度の打撃で気を乱すような甘い修行は積んでいない。
だが、攻撃が命中した瞬間にめまいが襲う。
(睡眠…攻撃かっ)
膝から崩れようとする彼の脳裏にどこからか近付く馬蹄の響きがこだました。
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